Mitrasphere Phiar's Soliloquies

フィアについて | 夢幻花に堕つ 中編

フィアについて | 夢幻花に堕つ 中編

夢幻花に堕つ 中編

 妖精の森を少女が駆けていく。初めて通った時は辺りの植物に足を引っ掛けたり、物陰から魔物に襲われたりと四苦八苦したものだったが、今ではもう普通の道と同じように走り抜ける事ができる。
 それでも魔物の数が変わる訳ではない、こちらの不意を突こうと背後や頭上から奴らは襲い掛かってくる。しかし少女は意に介さず、それを躱し、前進を止めぬまま飛び上がり、宙で躰を捻ると魔力の込められた矢を穿つ。放たれた一射、それは軌道上で複数の弾道に分裂するとそれぞれが不規則な光弾となって襲いくる魔物に向かっていく。そのどれもが魔物の急所を捉えていた。

 ――見敵必殺。少女の前に現れさえしなければ、穿たれた魔物はその運命を辿ることはなかっただろう。普段の少女なら必殺などと言う行動は取らない、いや…取れない。
 少女はそこまで能力がある訳ではない。だが、今の少女には余裕がない。それは彼女の本来の能力を100%引き出すには十分な精神状態だった。焦り、不安、憤り。体力の限界すらも超越した少女は、吐きそうになるほどの感情と心臓の悲鳴に耐えながらただひたすら、目的地に向かって妖精の森を疾走していった。

 森の中にある少し開けたその場所に、草木の巨人と一人の少女によって護られた妖精、フェルゼーがいた。少女の装いはいつもと違っていた。本来少女は聖導士なのだ。治癒を専門としたヒーラーだ。他人の怪我を癒し、死に直面した瀕死の状態からでも再び戦線に復帰できるよう回復を行うヒーラーなのだ。
 だが、その武装は違う。彼女が持っているその武器は他人を傷付ける武器だ。元々彼女は魔導士としての側面も持っている。しかし、人を救うために、大切な人を失わない為に、彼女は聖導士となったのだ。こと回復にいたって、彼女はとても優秀な聖導士だ。他人の傷を治す聖導士の極意は本人の魔力にも依存する…回復力が高い聖導士は得てして、身に纏う魔力量が高いと言うことだ。
 つまりそれは、膨大な魔力を強力な攻撃に転化することもできると言うことになる。今、彼女の根底にあるものは失わない為の力ではない、フェルゼーによって都合よく捻じ曲げられたフェルゼー自身を守る為の力なのだ。

『ふふ、おねーちゃん。また、わたしを虐めにくる人がいるよ?助けて?』

 自身のテリトリーに侵入してくる存在を妖精は敏感に感知する。その言葉に、草木の巨人に凭れ掛かるように座っていた少女が静かに立ち上がった。
 それとほぼ同時だっただろうか。その開けた場所に樹木の枝から飛び移るように宙を舞い、弓を持った一人の少女が彼女たちの前へと地面を滑りながら着地した。

「フィアちゃんを…お姉ちゃんを返せ…!」

 刹那。目を合わせる間もなく少女は体勢を整えると、それと同時に射る。その一矢は無論、妖精・フェルゼーの眉間に向けてだ。少女がここまで容赦のない攻撃を行ったことはかつてない、この状況はそれほどまでに少女を追い詰めていた。
 だが、その矢じりがフェルゼーに届くことはなかった。何らかの力によって、いや…隣にいたフィアの魔力によって、その矢はあらぬ方向へと弾き飛ばされたのだ。

「っ…」
「この子を虐める人は、あたしが赦さない。」

 弓を穿った少女は即座にその場を飛び退く。瞬間、数瞬前まで立っていたその場所の空気が突如として凝縮され、爆発した。退いたと言うのに発生した風圧によって、少女は空中でバランスを崩してしまう。

「虚空より来たれり荒乱の渦。不可視なる刃を以って彼の者を刻め。」
「…!」

 空中で体勢を整えようとした矢先に聞こえた詠唱。どれだけ身体能力があったとしても、空中で移動方向は変えられない。故に、このままでは直撃は免れない…。

「ローズトルネード。」
「ステルスカーテン!」

 少女は咄嗟の判断で緑色をした宝玉をかざす。螺旋の宝玉と呼ばれるそのアイテムは僅かな間、自身に対するあらゆる攻撃をすり抜けさせ、回避することができる破格の魔道具だ。無論、その奇跡的な能力を持つため、基本的に暫くの間再使用ができない。ターゲットを失ったローズトルネードは少女の背後にあった何本もの木々を薙ぎ払い、切り倒していった。

「お姉ちゃん!目を覚まして…!」

 この状況にあって絶望的なことは、少女にはフェルゼーと共にいる彼女を攻撃する気がないと言うことだ。逢えばきっと目を覚ましてくれる、魅了も解ける、そう信じて少女はここまできた。だから、彼女とフェルゼーの猛攻に耐えながら説得して、魅了を解くことさえできれば…そう思っていた。

「煩い。」

 しかし、少女の声は届いていない――。フィアは再び掌を少女に向け、魔力を収束させた。先の一撃を間一髪魔道具の力で回避し、地面に着地したその足元に再び風の力が集まり、凝縮される。

「爆ぜて、エアルバースト。」
「きゃあああっ!」

 着地したその足元が破裂した。凝縮された空気は殺傷能力を持った爆風となって衝撃波を生み出す。ほぼゼロ距離で破裂したそれは少女の身体を易々と切り刻み吹き飛ばした。

『楽しいね!楽しいね…!』

 妖精がきゃっきゃと心底愉しそうに笑ってみせる。吹き飛ばされた少女は大木に打ち付けられ、苦しそうに呼吸をしながらもなんとか立ち上がっていたが、どうやらその一撃は少女にとって致命的なものだったようだ。

「けほっ…、あ…足が…」

 全身が酷い裂傷に塗れ、いたるところから出血をしているが、特に酷いのは直撃した右足だった。それは裂傷と言うにはあまりにも生々しい傷で、その傷口からは本来見えてはいけない白いものが見えてしまいそうだった。

「――…!」

 それでも、少女の心は折れなかった。自分と自分の家族を救ってくれたあの人を、なんとしても絶対に解放すると。

「…ふぅ…」

 少女は大きく深呼吸する。幸いにも、こちらの怪我の度合いを見てか、弱っている様子を見てか、追撃はない。少女は腰にぶら下げていたツールベルトから魔力を纏った瓶を取り出すとその中身を飲み干した。その瞬間、みるみるうちに裂傷が塞がっていった。

「…ドマージュボトルも螺旋の宝玉も、もう使えない…。でも、それでも…絶対にお姉ちゃんを取り戻すんだから…!」

 再び足に力を入れ、少女は妖精フェルゼーと守護者であるフィアに立ち向かっていった。





フェルゼーの魅了に堕ちたフィアちゃん救出に向かうセフィーちゃんのお話です。
本当はなりグル内でイベント化したかったけど、私自身に時間がなさ過ぎて無理だったのでこちらで…。
ランクに止められたのに結局一人で向かっちゃうセフィーちゃん、うーん、愚か者めー!

この後の展開はまだ決まってませーん。
気まぐれでフィアちゃんがもう帰らない人になるかも…?

フェルゼー終了までには書き上げます!
次回は解決編(解決するとは言っていない)だよ!

最終更新日: 2018/05/30(Wed) 14:26:06